2023.06.30
【コラム】元営業マンがビジネス漫画家に転身した話〜ビジネス漫画家とは?〜
みなさんは「漫画家」と聞いて、どのような人物を思い浮かべますか?
超絶絵の上手い人?学生時代から賞を取っている天才?美術大学卒?アシスタントを大勢抱えた人気者?
私は今「ビジネス漫画家」としてお仕事をしていますが、私自身、今上げたイメージの条件にはひとつも当てはまりません。ですが、それなりに今お仕事をいただけています。
漫画を仕事にしたい!と思っている方に向け、今回は「ビジネス漫画家の仕事」について自分自身の経験談をお話したいと思います。
Index
ビジネス漫画家って何?
「漫画家」と聞くと、雑誌やアプリでストーリー漫画を連載している人を指すことが多く、オリジナルの物語を作り、絵を描き、編集者とやりとりし、世に送り出す…という姿を大半の人が想像するのではないでしょうか。
一方で、漫画業界にはもうひとつ大きなジャンルがあります。それは「ビジネス漫画」「広告漫画」です。
「ビジネス」と名が付く通り、一般企業や自治体などから依頼を受け、商品やサービスの紹介、説明書代わりの漫画などを描く仕事です。
・ホームページに載せるサービス紹介漫画
・SNS用の商品紹介漫画
・自治体のPR漫画
・パンフレットや説明書の挿絵
・チラシやDMに載せる漫画
・商品のおまけにつける小冊子漫画
・学習塾のキャンペーン用の漫画
などなど…数えきれないほど多岐にわたります。
ストーリー漫画家との大きな違いは、「お客様の要望を漫画化する」点です。
オリジナリティが求められるストーリー漫画家とは違い、ビジネス漫画はいかにお客様の要望を忠実に汲み取れるかが求められます。
また、ビジネス漫画の場合、基本的に作者の名前は書き添えません。あくまで商品紹介なので、誰が描いたかというのは重要視されません。脇役に徹するのです。
このように、同じ漫画家でも、ストーリー漫画家とビジネス漫画家ではまったく違う職業なのです。
営業マンからビジネス漫画家の世界に飛び込んだ
少し私自身の話をします。
私はメーカーの営業マンを7年ほどしていました。絵の世界とはまったく縁がない仕事です。元々学生の頃から絵を描くのは好きで、仕事の合間にファンアートを描いたり、年に1回ほど同人誌を出したりしていましたが、あくまで趣味であり、漫画を仕事にしようなんてこれっぽっちも思っていませんでした。
こちらの記事を見ていただけたらわかるのですが、ファンアートを細々と描いていた頃の絵のレベルはこんなもんです。はっきり言って下手くそです。職業にできるレベルではありません。同人誌のクオリティーも決して高くありませんでした。
転機となったのは自身の結婚・出産・地方移住です。会社を辞め移住・出産後、また別の会社に就職しようと思いましたが、営業マン時代とても激務だったため、もう会社員はしたくない、育児と両立し在宅でできる仕事にしたいと考えました。
そんな時、知人から勧められたのが「ビジネス漫画家」でした。知人も既婚子持ちで一足先にビジネス漫画家として活動しており、話を聞くうちに「自分もやってみよう!」と決意したのでした。
そこから絵・漫画の練習を一生懸命重ね、一定のクオリティーの絵を描けるようになってから実際に仕事を探すようになりました。
ビジネス漫画家ってどうやってなるの?
ビジネス漫画家としてやっていこうと決めました。では、どうやったらなれるのでしょうか?
特に資格や免許があるわけではないので、「私は漫画家です!」と言った瞬間漫画家を自称することができます。
お小遣い稼ぎではなく、本業としてやりたい人は、最寄りの税務署に「個人事業の開業届」というものを提出します。これで正式に個人事業主(フリーランス)となります。
開業したあとは仕事を探します。と言っても、当たり前ですが待っているだけでは仕事は来ません。私が最初にやった流れとしては、
①ポートフォリオを作る
②漫画家活動用のSNSアカウントを作る
③仕事依頼サイトから仕事を見つけて応募する
①ポートフォリオを作る
ポートフォリオとは、自分を売り込むためのPR資料です。漫画家の場合、自分が今まで描いた絵や漫画を載せたり、自分の経歴や得意分野を書いたりします。
仕事に応募する時にこの資料を活用します。企業側が絵柄の確認や選考の資料として使います。
今はデータでやりとりすることがほとんどなので、私は作ったPR資料をPDFで保存して使用しています。内容は毎年更新しています。
②漫画家用のSNSアカウントを作る
ここで自分の絵柄の紹介や、最近受けた仕事の紹介(紹介OKの案件に限る)、現在の仕事の受付状況などをつぶやきます。SNSを見て仕事依頼してくる人もいるので、DMは必ず解放しておきます。
③仕事依頼サイトから仕事を見つけて応募する
クラウドワークス、ココナラ、といった仕事依頼サイトでは、ビジネス漫画案件の募集があります。最初は実績作りが肝心です。漫画家の仕事に慣れるためにも、まずはこういった募集に応募してみましょう。
ここで注意したいのは、募集内容をよく確認することです。
・違法な商品・サービスではないか?(グレーなダイエット商材・薬物・情報商材など)
・極端に単価が安くないか?(1ページ数百円など)
せっかくもらえそうな仕事を逃したくない!と思いがち。最初は慣れるために報酬の低い募集から始めるのもありですが、あまりに報酬が低い募集は避けた方が無難です。また、自分の身を守るためにも、怪しい商材の案件は受けないようにしましょう。
仕事依頼サイトから仕事を見つけてこなすうちに、だんだん仕事のやり方が掴めてきます。中にはリピーターになってくれる人も現れます。こなしたSNSで仕事を紹介すると、それを見た人が直接依頼してくることもあります。
こうして地道に実績を積むと、そのうち100%仕事依頼サイトに頼らずとも、安定的にお仕事が回ってくるようになります。そうなれたらひとまず安心です。
依頼企業は「オタク」ではない。絵が上手いだけではビジネス漫画の仕事は来ない
活動を始め、漫画の練習も積み、様々なビジネス漫画を引き受けました。今ではリピーターのお客様も増え、安定した数のお仕事の依頼が来るようになりました。
しかし、神絵師でもない、美術大学を出ているわけでもない、Twitterの二次創作アカウントのフォロワーは3桁(いまだに3桁です笑)、特に人気者ではない私がなぜビジネス漫画家としてやっていけているのでしょうか?
それは、ビジネス漫画の世界のニーズと、自分の営業マン時代の経験がぴったり噛み合ったからだと思っています。
こちらの例を見てください。
左は神絵師、漫画も技術も凄い、ファンも多い、フォロワー数万人、誰もが認める人気者です。しかし、ビジネスマナーに疎く、納期も遅れ気味。
右は絵のクオリティーは並、知名度も無い、しかしビジネス用語やビジネスマナーを心得ており、連絡もこまめで納期もきっちり守ります。
企業はどちらにビジネス漫画の依頼をするでしょうか?
答えは「右」の人です。
仮にストーリー漫画家としてのスカウトなら、「左」の人が選ばれるでしょう。
また、「絵が上手くて人気者の方がその人の知名度を使って商品のPRができるしいいじゃん!」と思うかもしれませんが、それは単行本が1000万部売れているような有名漫画家に依頼する場合の話。
ビジネス漫画を依頼してくる企業・自治体の人は、いわゆる「オタク」ではありません。あくまでビジネスのパートナーを探しているので、いくら人気者でもビジネス的に不安要素のある人には依頼したくないのです。なので、「右」の人の方が好まれます。
加えて、企業側は意外と絵のクオリティーについて重視していない場合が多いです。
我々絵描きや絵描きのファンは、毎日色々な人の絵を見ているので、「この人は特に上手い」「この人は微妙」「この人の塗り方が好き」と細かく判断しがちですが、絵にそこまで精通していない人からすると、デジタルで絵が描けるというだけですごいスキルなので全部「上手い」になるわけです。
なので、ある一定のクオリティーが担保できていれば十分戦えますし、絵をひたすら磨くよりも「この商品はどうやって描けば魅力的に見えるだろうか?」とマーケティング的視点を勉強したり、相手への提案の引き出しをたくさん持っていたり、そういう人の方がビジネス漫画では重宝されます。
私はまったく人気者ではありませんが、ビジネスマナー、ビジネス用語、相手が求めるものへの提案、納期の遵守、請求書などのやりとりなど、営業マン時代に蓄積したあらゆる経験が役に立ち、「絵は普通だけど仕事をきっちりしてくれる人」と企業側に思ってもらえたため、安定的に信頼と仕事を得られるようになったのです。
今まったく違う職業についている人も、その職業で得た経験は必ず漫画に生かせます。
私は営業マンという経歴から、主に会社のPRやサービス紹介、企業パンフレット、新入社員研修に使う資料用の漫画など、スーツを着たビジネスマンが登場するような案件を得意としていますが、例えばパティシエをしていた人なら美味しそうな食べ物をPRする漫画家として特化してもいいですし、塾の先生をしていた人ならその経験を交えて「教育系漫画家!」と売り込んでもいいですよね。
確かに漫画の世界の中では、連載を持つストーリー漫画家は花形であり憧れです。私も正直ちょっとだけ憧れの気持ちはあります。が、実力者と人気者がひしめく狭き門であることは確かです。
一方で、漫画一本でやってきた人よりも漫画以外の社会経験のある人の方が強みを発揮しやすいのがビジネス漫画の世界の特徴です。興味のある人はぜひ飛び込んでみてほしいです。
ビジネス漫画を始めたい人へ〜これだけはやるべきこと〜
「私は営業経験なんてないしビジネスのことなんてわからない!」という人もいると思います。ですが、そこをきちんと押さえないと、絵が上手くても仕事上の信頼は得られません。ビジネス漫画家を目指す上で最低限これだけは守るべきこと、というポイントを紹介します。
①納品日は絶対に守る
決められた納品日は絶対!絶対!絶対!に守りましょう。
「そんなこと当たり前じゃね?」と思うかもしれませんが、実は絵描き・漫画描き・小説書きなどクリエイター思考の人の中には、これを守れない人が意外と多い印象です。
同人誌なら締め切りを破っても自分で調整できますが、ビジネスの世界では締め切りを守れない人はアウトです。次の仕事は来ません。
やむを得ず遅れそうな時は、その時点で早急にお詫びの連絡を入れます。「◎◎日AMまでお待ちいただくことはできますでしょうか?」とこちらから代替の案を提案します。
「いいですよ〜」と優しいお客様も中にはいますが、極力するべきではありません。
経験談ですが、急な葬儀が入った時、締め切り間近の案件を抱えていました。お客様が冊子として印刷する日程が決まっていたので、締め切りをずらすと先方に迷惑がかかります。親族控室にタブレットを持ち込み、葬儀の合間に作業をしました。やりすぎでは?と思うかもしれませんが、それくらい締め切りにはシビアになるべきです。
「この人はきちんと納期に納品してくれる」という信頼感が次の仕事につながります。
「仕事を受けたけど納期がめちゃくちゃ短い!」「この日程じゃ連日徹夜しないと描けない!」と自分の首を絞めないように、先方が希望している日程で本当に描けるのか?自分の今のスキルでは無理ではないか?とよく考えてから仕事を受けるようにしましょう。
クリエイターの立場が下になりがちですが、企業側が神様というわけではありません。納期も単価も厳しい数字であれば正直に伝えて最初に交渉しましょう。双方の希望をよく摺り合わせして、納得してから作業を開始する、条件に合わない仕事は潔く断る、この見極めを上手にするのが長く楽しく続けるコツです。
②請求書、契約書などの事務処理を先に学ぼう
個人事業主になると、漫画を描く作業以外の事務処理も自分でやる必要があります。
具体的には、日々の売り上げの管理、お客様と結ぶ契約書、お客様に送る請求書、税金を申告する確定申告などです。加えて、ビジネスメールの書き方、敬語の使い方も学びましょう。
漫画が上手くても、請求書の書き方がめちゃくちゃだったり、メールの文章がおかしいとビジネスパートナーとして不信感を持たれてしまいます。
ビジネスマナーがまとめられた本や、イラストを仕事にしたい人向けのお助け本などの書籍を活用すると良いでしょう。
売り上げの管理、確定申告の準備などお金回りのことは、専用の管理ソフトやアプリがたくさん出回っています(私は会計freeeというソフトを使っています)
仕事を受けたものの事務処理が分からず困る…ということがないように、仕事を受ける前に事務的知識を先に学ぶことをおすすめします。
以上、ざっくりした流れですが、ビジネス漫画の世界について自分の経験談を交えてお話しました。意外と入り口が広く、参入するハードルが低いのがビジネス漫画の世界のいい所です。これから目指す方の参考になれば嬉しいです!
(絵・文/はらなおこ)
twitter:@nao_comic
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